クリス・フルームの自伝
最近クリス・フルームの「The Climb」という本を読んでいる。
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フルームはツール・ド・フランスの2013年と2015年の総合王者で、今はイギリスの「チームスカイ(Team Sky)」というおそらく世界で一番強い自転車ロードレースチームのエースとなっている。白人ながら、アフリカのケニアの出身で、ケニアや南アフリカのローカルレースで結果を出しながらヨーロッパプロに成り上がったというユニークな経歴の持ち主。
登りがとても強く、現役のロード選手の中でも圧倒的な強さを誇っているのだが、どうもあまり人気がない。今年のツール・ド・フランスを見てても、フルームが勝っても大して騒がず、他の選手がフルームを脅かすような動きをしたステージは観客もメディアも大いに盛り上がるという、彼の心情を思うとなんだか気の毒な状況ではあった。ロードレース界に根強く存在するヨーロッパ至上主義がこれに関係しているのかどうかは、僕にはわからない。
そういう自分も彼の対抗馬と言われたコロンビアのキンタナという選手をずっと応援していて、誰かがフルームの独走を止めてくれたら面白いのにと思いながら見ていたことは確かだ。山岳ステージでフルームがちょっと遅れを見せたときなどは、今がチャンスだ、引き離せッ、とばかりに先頭を行く選手たちを必死に応援したものだ。フルームもこうした空気は感じていたようで、時折インタビューで「どうせ俺なんて」的な感情がこぼれているようにも見えたが、そんな様子を見てもなぜかフルームを積極的に応援しようという気にはなれないのだった。
強すぎるからつまらなくて、人気がないのか。それだけではないと思う。ランス・アームストロングはツール・ド・フランスを7回制覇(のちにドーピングにより剥奪)しているが、黄金期の彼の人気はものすごかった。みんなが彼の勝つところを見たがり、彼はまさしく、強いから人気があったのだ。
マッ チョな強さを前面に出していたランスと違い、フルームは見た目大人しく、冷静で、コメントもわりと優等生的な内容で、でも性格は実はちょっとひねくれてそう、みたいなのが自分が彼に対して持っていた印象だった。なんというか、この人はどこか冷たい人なのではないか、と感じていたのだ。
この本を読もうと思ったのは、どこかでそんな感情をフェアではないと感じ、フルームのことをもっと好きになりたかったからだったように思う。そしてその思惑は見事に達成されつつある。
まだ半分弱くらいで、アフリカ時代から始まって、ヨーロッパのレースにちらちら出始めるところまで来た。
このアフリカ時代の話がとてもいい。拾ってきた2匹の蛇に名前をつけて可愛がり、ときにはベッドで一緒に寝て、2メートル近いサイズになるまで育てたことや、地元の黒人のサイクリストの グループの中に唯一の白人として入り込み(フルームは現地語を流暢に話す)、キンジャという自転車の師匠と出会ったこと。
沈着冷静で面白みがないと言われるフルームだが、アフリカについて語るとき、彼の言葉は無邪気で優しくなる。見 た目が完全に白人なのでついつい他のヨーロッパプロと同じように見てしまうが、フルームからしてみれば、他のヨーロッパプロたちは自分とはまったく違う環境で育った別人種のように見えているのかもしれない。彼から感じる孤独感や閉鎖性、不器用さは、自分がそこに属しきれていないという疎外感から生み出されるものなのだろうか。
実際のところはわからない。しかし奇想天外で美しいアフリカ時代のエピソードを読んでいると、そんなこともあるのかもしれないと思えてくる。
単純なもので、僕はもうフルームが好きになっている。どこか冷たい人なのではないか、という印象は今も持ち続けているが、今後フルームが画面に登場するたびに僕は彼の背後にあるアフリカの風景を思い出し、彼を応援してしまいそうな気がする。
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