Ryi’s bike & run

神奈川近辺の走って楽しい自転車ルートを探索中

ボーヘルトへのUCI裁定に対するランディスの反応、そしてランス・アームストロングの今



ツール・ド・フランスのステージ優勝者であり、そのほぼ全キャリア(1997~2007)においてドーピングをしていたことを認めていたマイケル・ボーヘルトに対するUCI(国際自転車競技連合)の裁定が出た。

それを受けてのサイクルロードレース界の反応が興味深いことになっている。

UCIのボーヘルトに対する裁定:
・2年間のサスペンション(競技に関わる活動の停止)
・2005年~2007年の間に残した成績のはく奪

またボーヘルトはルームポット・オラニエ・ペロトンでチームマネージャーの地位についていたが、それも辞任することになったとのこと。

1997~2007年までドーピングをしていたのに、なぜ成績が取り消されるのが2005~2007年の間だけなのか? また同じようにキャリア全体にわたってドーピングをしていたランス・アームストロングが生涯追放処分を受けたのに、なぜ彼は2年間の謹慎だけで済むのか?

よくわからないと思っていたら、ランス・アームストロングが今回の裁定に対してTwitterでこのような反応をしたらしい。

UCI_cycling Pure. Bullshit.

UCIへ - まったくもってクソのような裁定だ)

www.cyclingnews.com


このツイートは現在確認できないので、その後削除したと思われるが、欧米メディアはこのランスの反応をいち早く報道し、それにいざなわれるかのように今日になってフロイド・ランディスが声を上げた。ランディスはかつてランスの良きチームメイトであり、その後自身のドーピング騒動を巡ってランスと決裂した立場にいる。ランディスもまたドーピングを行ったことでUCIによる厳しい裁定を受けたひとりだ。

今日(現地時間1月9日)のCyclingnews.comの報道 ↓

www.cyclingnews.com


この記事によるとランディスはこのように語ったという。

マイケル・ボーヘルトが2年間の謹慎処分を受けたと聞き、最初に思ったのは「短すぎる。そして遅すぎた」ということだ。

ランディスは自身のドーピングを告白した際に、2006年のツールでボーヘルトとドーピングについてオープンに話し合ったことを明かした。だが当時ボーヘルトはそれを否定し、自分はクリーンであると主張した。

さらに同じ記事の中でランディスはこのように語っている。

あの男(ボーヘルト)は10年間にわたってドーピングをしていた。しかし俺が2010年に自身のドーピングについて認めたとき、やつは俺のことを「傲慢な腰抜け野郎」と呼んで自分はやっていないと主張した。事実に照らし合わせればその発言は明らかにおかしい。あるいはやつは単に禁止薬物を使用するという以上の何かにからんでいたのかもしれないがね。

この「以上の何か」とは何か、ランディスははっきりと述べていないが、あるいはボーヘルトとUCIの間になんらかの癒着があったことを示唆しているようにも聞こえなくもない。

さらにランディスはランスのTwitterによる反応についても述べている。
ランスもまた、ランディスがドーピングを告白した際には自らの潔白を主張し、ランディスを激しく攻撃したひとりだ。ランディスの中にはそのときからの恨みがいまだ生々しく渦巻いているとみえ、こちらの発言はさらに辛辣だ。

だが、もっとふざけているのはアームストロングの発言だ。やつは今じゃまるで偽善を取り締まる警察官でも気取っているように見える。かつてサイクルロードレース界で最も強大な力を持っていたアームストロングは、自身はドーピングを行う一方で、そのコネクションを駆使してUCIを動かし、タイラー・ハミルトンやその他の選手を(ドーピング違反の)標的にさせてきた。それが今では自分のことを棚に上げて批判する側にまわっているのだからね。鏡の前で自分に向かって語るならまだしも、その他のいかなる状況においてもやつから「偽善」という言葉を聞くなんてのは、お笑い種以外のなにものでもない。

先日フルームの自伝の感想(続・クリス・フルームの自伝 ~ウィギンスとチームスカイ~ )を書いた際も、フルームのドーピングやランス世代の選手に対する発言が興味深かったので、そのいくつかを少し引用したが、ロードレース界に蔓延したドーピングの余波はまだまだ鎮まりそうにない。

ちなみに僕はランスのファンではなかったけれど、全盛期の彼の走りを感嘆の思いで見ていたひとりであり、その後のドーピング発覚は人並みにショックだった。彼の罪は明確ながら、個人的にはUCIの裁定に対して疑義もある。

それだけにいまだにランスのことが気になってはいる。
昨年のはじめに久しぶりに公に動く姿をあらわし、BBCのロングインタビューに答えるランスを見たが、年齢よりもずっと老け込み、発言にもかつての力がまったくなくなっていたことに驚いた。
以前の自宅を売り払い、今は地元テキサスで自転車ショップを経営している(インタビューはそのランスの店で行われた)ランスは、大分生活に疲れているような様子で、以前に比べると殊勝な発言を繰り返していた。

ただその長いインタビューの中で印象的な発言がふたつあった。

ひとつはチームディレクターだったヨハン・ブリュイネールについて。
彼はインタビューの中で自らの罪を認めつつも、自らの現役生活のすべてがまやかしであったわけではないとし、レースでライバルと競い合ったことや、チームメイトと食事をしたことや、ヨハンと濃密な日々を過ごした時間はかけがえのないものであったという主旨の発言をした。ヨハン・ブリュイネールの名が出たのはほんの一瞬のことだったが、多くのチームメイトと決裂した関係にある彼が今でもブリュイネール対しては肯定的に思っていることがわかったのは興味深かった。

そして彼はこうも言った。たとえ皆が認めなくても、この記憶は自分が獲得したものであり、誰であれこの記憶を自分から奪うことはできないと。

"My memories"、とランスは何度か強調するように言った。このときだけ、彼の言葉には僅かに力が宿った。すべてを失った彼にとって、記憶だけが確かに自分があの場所に存在した証であるかのように。

そしてもうひとつの発言はドーピングについて。
BBCのインタビュアーの「(機会があれば)あなたはまたドーピングをするか」という単刀直入な質問に対し、ランスはこのように答えたのだ。

"If I was racing in 2015? No, I wouldn't do it again. Cause I don't think I'd have to do it again. If you take me back to 1995, when it was completely entirely pervasive?"
「もし2015年に走るとすればやらないだろう。なぜならその必要がないからだ。だがもしまた1995年の、あのドーピングが蔓延していた世界に戻るとしたら?」

ランスはそこで一瞬言葉をつぐみ、そして肩をすくめるようにしてこう言った。

"...I probably do it again."
「…またやるかもしれないね」

それは世間的には決して褒められた発言ではなかっただろう。
僕もそれを聞いて嬉しくは思わなかった。しかしその言葉を聞いたとき、ランスはまだどうにかランスでいようとしている、と思った。
「やるかもしれないね」と言いつつ、ランスの表情に自信はなかった。少し怯えているようにも見えた。その言葉が引き起こす世間のリアクションを考えていたのかもしれない。ただそれを言うことで、かつての自分の日々をかろうじて守ろうとしているように思えた。ハミルトンも「シークレット・レース」の中で言っていたが、王であることでしか自分のアイデンティティを見出せないランスの不幸をそのときに少し感じた。





今回こうした報道があったことで、久しぶりにランスはどうしているのだろうと調べてみると、こんな記事が見つかった。

running.competitor.com


"ランス・アームストロングがカリフォルニアで開催された35kmのトレイルランニングレースに勝利"

2015年の12月にカリフォルニアで開催されたトレイルランニングレースにランスが突如出場し、3時間0分36秒で勝利をおさめたというのだ。
主催者はランスが大会に参加したがっていることを、大会の5日前にランスの友人を通して知ったという。ランスは自分で参加費を払い、本名で申し込みをしたらしい。主催者は逡巡したものの、最終的にはその参加を受け入れたという。

ちなみに激しいアップダウンのあるトレランで35kmのコースをほぼ3時間で走り切るというのはかなりの速さで、44歳のランスがいまだにアスリートとして相当な力を持っていることがわかる。彼のことだから相当な猛トレーニングを積んだのだろう。トレイルランニングはドーピングチェックが比較的緩く、最近はそれが問題にもなっているようだがはたしてランスは…… あれだけのことがあったのだからさすがにもう手は出さないだろうと思いたい、が、その確信を見る側に持たせるだけの信頼を彼はおそらく一生取り戻せないだろうし、彼自身もそれはわかっているだろう。

元々トライアスロン出身のランスは、一度目の現役引退後にニューヨークマラソンに出場して、サブスリー(フルマラソンを3時間以内で走る)を達成したこともあるが、それはドーピングを認める以前の話だった。BBCのインタビューでは最近はあまり自転車に乗っていないことをうかがわせる発言もしていたので、さすがに今はアスリートとしての心も折れてしまっているのではないかと思っていた。それだけに今回のニュースは小さな驚きだった。

走り終えたランスはこのようなツイートをしたという。

“Can’t remember the last time I had this much fun suffering for 3 hours,”

(3時間苦しみに身をおくことでこんなに楽しい思いをしたのは、いつ以来か思い出せないな)

ランスはまだランスであり続けようとしているようだった。

現役の選手、現役を終えた選手、いまだ現役であり続けようとする選手。
一度は見るのをやめようかとも思った自転車競技だが、やはり痛みも興奮も含めてあの日々を提供してくれた彼らの行く末が気になる。
今後も見続けていこうと思った。